今朝の「拝啓 渋沢栄一様」は9回
今朝の朝日の日本人脈記「拝啓 渋沢栄一さま」は「人形大使の心をたどる旅」
*いつも「朝日=朝鮮日報」と言っているわけでもない。良いものは取り上げる。(誤り・確証・検証不十分はだめだ。間違いが判ったらキチンと謝りなさいと言っているだけだ。大新聞だけに!!影響大)
それは兎も角!!
*この欄は、今の企業家・政治家の倫理感を揺さぶる記事が多い。渋沢栄一に関しては、現代経営の祖として以前にも触れたと思うが、今日のは副題にもあるように日米「人形交流」の裏話である。
:1927年に米国でい日本人移民を閉め出す法律が出来て間もない頃が発端。(WEBで検索したが内容が判らない)
・米国の宣教師「シドニー・ギューリック」が親日家で、ぎくしゃくする日米関係を憂え、友好のため1万3千体の「青い目の人形」を集めた。その受け入れ責任者が栄一さんだった。
・この年の11月栄一んはお礼に「市松人形」58体を米国に送った。
・青い目の人形は、全国の小学校・幼稚園にに配られた。が、現在は300体ほどしか残っていない。
(これだけのことでも朝日流は「戦時中敵性人形として焼かれ」となる。1万3千体の相当部分がそうだと仮にしても全部ではないだろうと思うのである。チャンと検証しましたか?そう言われているならば誰が、とか・・・)
*高岡美知子さん(74)神戸生まれ、中学の国語の先生からワシントン州日本文化センター館長をしていた。この人が、92年2月ワシントン州の博物館で「市松人形;ミス徳島」に出会った。翌93年ボルチモアの美術館で「振り袖姿の「ミス広島」をみつけ、以降昨年退館(退職)して帰国するまでに44体と巡り会った。旅のはじめの頃、東京浅草橋人形店「吉徳」11代目社長に高岡さんは「アメリカに渡った人形の全部見ます」と言って出掛けた。その旅の記録を『人形大使 もうひとつの日米現代史」(日経BP社)にまとめた。発注予定?

*園田天光光さん(88)(戦後初の女性衆議院議員の一人)は、日本にある100の大使館に「平和大使」として市松人形を送りたいと「吉徳」10代目(前社長83年に死去)に相談、一体50万円もするが「本体はただでつくる」
着物は(絹)主婦を中心「¥1」募金を呼びかけ3800万円集まりおつりが出た。各国の大使館から、お礼の人形がどんどん贈られてきた・・・話を聞いた松下幸之助さんと丹下健三さんが、人形の家を造ると約束してくれたが、土地を探しているうちに2人とも世を去ってしまった。
*人形に平和を託した渋沢さんの思いを、私なりに受け継いでいるつもりです。と、「世界平和大使人形の館」をつくる会をつくった。土地は、熊本県天草市が無料で提供してくれた。今、建築費を集めようと千円募金を呼びかけている。
WEB検索
1 日本アメリカ史学会 第 1 回例会
テーマ: 日米関係とキリスト教系女性ネットワーク
日時: 2004 年 10 月 30 日 (土) 14:00 - 17:00
会場: 東京大学駒場キャンパス 12 号館 1 階 1213 教室 [会場地図 / アクセス]
論者および題目
小檜山 ルイ (東京女子大学):
「女から男へ、伝道から文化交流へ : 1927 年『青い目の人形交流』に見る」
安武 留美(甲南大学):
「日米教会婦人による社会活動の拡大 — WCTU の場合 —」 ・・・
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レポート (未稿)
2 2006年08月19日
昨日、東京銀座に、「世界平和大使人形展」の初日パーティーに出席した。
これは園田天光光さんが主催して行っているプロジェクト。
ある男の子の発想から、1979年の国際児童年に「世界の平和は子供から」の目標の下、10人の主婦が中心となって、100カ国に、バスポートを身に着けた「大和太郎」「大和花子」の市松人形を送った。
その寄付として、「1円募金」が全国的に行われたことが、私の記憶にもよみがえった。
その返礼として57カ国から人形が贈られてきた。
その人形をずっと保管してきた園田天光光さんは、この各国の平和大使人形たちの館を建設しようと、今回立ち上がったのである。
ブルガリア大使や故橋本竜太郎夫人らもみえた。
JKSKの会でご一緒しているご縁で、酷暑の最中、東京まで出かけて、募金に協力してきた。
暑いなんてへばっておられない。
園田天光光さんは戦後発の女性国会議員でいらして、御歳87歳。展示会中立ちっぱなしで見学者をご案内。さらにパーティーで、小一時間スピーチ。柔なわれわれとは鍛え方が違う。
素晴らしい。


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